対談

「大人になるって嫌だな」と思われたくないから、「大人になっても楽しいよ」ということを伝えたい──木山裕策さん

「大人になるって嫌だな」と思われたくないから、「大人になっても楽しいよ」ということを伝えたい──木山裕策さん

手術を前に考えた「自分にしかできないこと」

編集長: 木山さんは39歳でデビューされましたが、それまでの道のりを教えてください。

木山: もともと歌が好きで、物心付いた頃から暇さえあればずっと歌っていました。ただ、人前で歌うのが恥ずかしくて、ひたすら部屋にこもって誰に聞かせるわけでもなく歌の練習をしていましたね。
でも、夢ではあったけれど歌で食べていくというところまでは想像できなかったので、大学を出てからは「脚本家になる」というもう一つの夢を実現しようと、アルバイトをしつつ脚本家になるための勉強をしていました。
そんな生活をしている時に、妻と結婚して子どもが生まれたので就職しました。脚本家にはなりたかったですがなかなか芽が出なくて、でも子どもを育てるにはお金がかかりますし、子どもをちゃんと育てたいと気持ちを切り替えたんですね。
それからはがむしゃらに働いて、とても忙しかったですが充実していました。仕事も順調でしたし、「子どものために頑張って働くお父さん」に迷いはなくて、それでいいやと思っている矢先に癌が見つかったんです。

編集長: 癌が見つかって、そこからデビューを目指したのですか。

木山: そうですね。喉のところにある甲状腺に癌があったので喉を切る手術をすることになりました。その時お医者様から、甲状腺のすぐ後ろに声帯を動かしている神経が通っているので、手術をすると声が掠れたり、まったく出なくなる可能性があると言われたんです。
当時僕は歌手でもアナウンサーでもないただの会社員でしたが、声を失うということがどうしても受け入れられませんでした。歌手になるのは難しいと諦めていたけれど、いつか歳を取ってからオヤジバンドみたいなかたちで歌えるんじゃないかとか、ずっと歌い続ける前提でいたんですね。だから、ずっとチャレンジしないままで明日声が出なくなるかもしれないという状況が受け入れられなかったんです。

対談風景

それから、当時一番上の子が小学校低学年くらいだったので、今僕が死んでしまったら「どんなお父さんだったんだろう」って思うんじゃないかなと。僕はずっとインターネットの広告制作をやっているのですが、子どもにはよく理解できなかったみたいで。だったら、子どもに「これがお父さんだよ」と残せることをしたいなと思いました。
明日死んでしまうかもしれないという状況で「自分しかできないこと」を考えたら、やっぱり僕は声を使って何かやりたい、歌が大好きだから歌を子ども達のためにも残したい、そんな気持ちにかられて、手術が上手くいったら歌にチャレンジしようと決めたんです。

失敗してもそれを乗り越えていく姿を見せたほうがいい

編集長: それで39歳のデビューになったのですね。子育てをする上で大切にしていることはありますか。

木山: 病気になるまでは「迷わず失敗もしない威厳のあるお父さん」を目指したいと考えていたのですが、病気になった後は、いつ死んでしまうかもしれない中でそんなカッコつけて生きることはできないな、と。
歌手デビューの道は厳しくて、何度も何度も失敗するんですね。僕は、親としてはそんな失敗する姿を子どもに見せたくなかったんですが、途中から、失敗しない親を見せるよりも、失敗してもその後いかに乗り越えていくかを見せたほうがいいんじゃないかと思うようになりました。
病気を前にして僕がそうだったように、「自分のやりたいものが何か」ということについてちゃんと考えることと、それに対して失敗を恐れずに頑張るということを教えたい、言葉ではなく背中で教えたいと思っています。
今の親って、平日はくたくたになって帰ってきて土日は寝てばかり、ということがあると思います。でも、子どもに「そんな大人になるって嫌だな」と思われるのは嫌だから、僕は、39歳で歌手デビューできたり、大人になったら思わぬことが体験できる、頑張れば頑張った分だけ成功する可能性はある、大人になっても楽しいよということを伝えたい。楽しそうに生きたいね、と妻とも話しています。

主夫としての1年間は「むっちゃ大変!」

対談風景

編集長: 主夫として1年過ごしたそうですが、どうして主夫をやろうと思ったのですか。

木山: 上の子達が小さい頃は仕事が忙しくて土日しか関われなかったので、子ども達ともうちょっと向き合う時間がほしいなと思っていました。
それに、子どもが4人も生まれると、奥さんってなかなか社会復帰できないんですね。特に妻は外で働きたいと思っている人間だったので、一番下の子が年長で妻が社会復帰をするタイミングに合わせて、僕が家のことを全部やると決めたんです。

編集長: 実際にやってみてどうでしたか。

木山: むっちゃ大変でした(笑)。家事をやり子育てをやり、保護者会なんかも参加するようになって、それをやりながら社会復帰をしているお母さんはスーパーマンなんじゃないかと思いましたね。日本の場合お父さんは楽ですよね、家事も育児も日々の生活はほぼお母さんに任せて、時々子どもをかわいがるだけの「つまみ食い」ですから。
1年間主夫をやっていて思ったのが、社会と繋がっている感じが日々薄れていくな、ということです。会社だったら良くも悪くも評価されますが、家事はどこまでやっても、やらなくてもお金をもらえないし評価されないしで「自分の価値」がわからなくなってきましたね。
意外と「あの家なんでお父さんが家にいるの」などの周りからの見え方、「当たり前の常識」みたいなものに圧倒されたというのもありました。

編集長: 男性は一度こういう経験をすると価値観が変わってくるかもしれませんね。

木山: 変わると思います。ゴミ出しや休日の風呂洗いみたいなレベルだと大変さはわからないと思いますね。

保育士さんは社会性を教える重要なポジション

編集長: 最後に、保育士を目指している方にメッセージをお願いします。

木山: 親じゃないと教えられないことはもちろんありますが、逆に言うと社会性を教えるのは家の外の環境になってくると思います。そういう意味では、保育士さんは重要な役割を持っていますし、とてもやりがいのある仕事だと思います。色いろな生き方があるんだよっていうのを子どもに教える仕事って素晴らしいですよね。子どもが生まれてから教育系の仕事に就けば良かったなと思っていたので羨ましいです。
僕は直接何かできるわけではありませんが、歌で応援していきます!

編集長: 本日はありがとうございました。

木山 裕策(きやま・ゆうさく)

木山 裕策(きやま・ゆうさく)

1968年10月3日生。大阪出身。妻&子ども4人有。出版社勤務。
昔から音楽が好きで大学時代もバンドをやっていたが、食べていくには大変と思いプロ志望を断念、就職そして結婚、4人の子どもにも恵まれた。
しかし、2004年に甲状腺に腫瘍がある事が判明。組織検査の結果、悪性の疑いから左側の甲状腺を全摘出。医師より「手術後に声が出なくなる危険があること」を告げられる。その際「手術の後にもし声が出るんだったら、絶対もう一度歌ってみよう」と思う。手術は無事成功。日々の訓練の結果、半年後には歌うことができるまでノドは回復。
「自分の声をCDに残して子ども達に聞かせてあげたい!」と決意し、『歌スタ!! 』に挑戦。「この一曲を是が非でも世の中に届けたい」と“よろしく札”が上がった。
2008年2月6日「home」にてメジャーデビュー、オリコン最高位7位。第59回NHK紅白歌合戦に出場。2016年3月にはカバーアルバム「F 守りたい君へ」をリリース。