対談

生まれてきてよかった、生きるって面白そう、と思ってくれるような体験をさせてあげることが大事──汐見稔幸先生

生まれてきてよかった、生きるって面白そう、と思ってくれるような体験をさせてあげることが大事──汐見稔幸先生

子どもは自分の持っている可能性を存分に引き出してもらう権利がある

編集長: 最初に、汐見先生が保育に携わるようになったきっかけを教えてください。

汐見: 昔は、近所のお兄さんやお姉さんと遊ぶ中から憧れを感じたり、家事の手伝いをして色いろなことを覚えたりしましたが、そんな環境がほとんどない時代になりました。
多様な人と関わり合いながら育つという環境がなくなってきて、これは大人がもっと意識的に育てていくということを計画的にやっていかなければ、良い環境が揃わなかった子ほど、あれもこれも経験がないということになってしまうと思いました。
そこで、学校の勉強だけではなく、こういった経験を提供できる環境になり得る保育や幼児教育というのが、非常に大事になってくると思い、研究を就学児童から、乳幼児期の子どもへと移行させていきました。

編集長: そういう経緯があったのですね。
次に、子育てをするうえで、乳幼児期に重要なことはなんでしょうか?

汐見: 一番というと難しいのですが、私が親をやってきて、ちょっとまずかったかなと思うことがいくつかありました。少し怒りすぎたなとか、違う親だったら子どものいいところをもっと上手く見つけてやれるんじゃないかななどと思うこともありました。

汐見稔幸先生

子どもは生まれた以上、自分の持っている可能性を存分に引き出してもらう権利があるわけですね。子どもは親を選べるわけではないですし、今の時代に、日本に産んでほしいと頼んだわけじゃない。それでも、地球環境が悪化して~だとか、各地でテロが起こって~など、色いろな不安だけは背負わされて生きていくしかありません。
命をつなぐには仕方のないことですが、それならば、この世に生まれてきてよかったと思ってくれるようにするのが親の責務ではないかと思います。生きるって面白い、色いろ大変かもしれないけど可能性がありそうだ、と思ってもらうことが大切じゃないかと思います。
人間だから不安はいっぱいあります。でも、それに対して「大丈夫、いつも応援してるよ」と励ましてくれる存在や、「本当に自分は愛されているのだな」と安心させてくれる存在が子どもの傍にあればいいと思います。

色いろなことにチャレンジするときに、本気で応援してくれる人になってやりたいし、自分の人生は自分で作ってもいいと言ってやれる人でありたい。
私は保育も子育ても基本的に同じだと思います。生まれてきてよかった、とにかく生きるって面白そう、と心から思ってくれるような体験をさせてあげることが乳幼児期には一番大事だと思います。

「私がこの子に何かをさせよう」と思いすぎないことが大切

編集長: いま、世間では保育の質が問われていますが、保育士はどのように子どもと関わっていけばいいのでしょうか?

汐見: あまり「私がこの子に何かをさせよう」と思いすぎないことが大切だと思います。子どもを預かっていると、何かをさせなければ、(その子が)できるようになったことを親に見せてあげなければと思いがちですが、それは子どもに無理をさせがちです。
そういうときは本当に子どもがやりたくてやっているのか、わからないわけです。人はそれぞれDNAが違い、それが個性を生む原因ですが、ある子は手先を使って何かを作ることに興味がある、ある子は外で走り回るのが好きだとか、十人十色です。個性が持っている興味関心は、保育者の枠の中には収まりきれません。

もちろん、将来的には読み書きや礼儀作法など覚えなければいけないことはあります。しかし、社会で生きている限り、克服しなければいけないことを、子どもは自分で学んでいきます。
逆に、あまり子どもがやりたがらないことをさせ続けてしまうと「人生は自分のしたくないことを無理してでもするもの」と思うようになってしまいます。したくなくてもやらなければ先生は嫌な顔をする、頑張れって言われる、そんなことが続くと“生きるって楽しい”と思えなくなってしまうのです。

保育は、見た目ほど優しくないということも言えると思います。子どもが小さければ興味を持つ事柄は多種多様です。10人いれば、10通りの子どもの目の輝き方がある。それを知らなければいけません。
ある子がすぐに噛みついてくるとしたら、噛みつくというのは防衛本能のようなものですから、すぐに責めるのではなく「自分のことを大切にできる子」と見てやってほしい。「噛みついちゃダメでしょ」と悪い方へ見るのではなく、この子の可能性が「自分を守る」ことにあることを、きちんとわかってあげることが大切だと思うんです。

子どもは、社会的に未熟なので私達の困ることもたくさんします。でもそれが子ども達の良い芽であり、育てていく可能性の宝庫です。その1日で、子どもが何を経験し学んだのかを観察し、次の日にはその子が興味を持ちそうなものを用意したり、そういったことが保育士にとって一番大切なことです。
そうなると、保育士は多くの子どもを複眼的に見る必要があります。1人で30人を担当するというようなことは、適切な保育の環境ではありません。早急に制度を見直さなければいけないと思います。
そのために、保育士の仕事の難しさを世間に伝えていくことも大切です。それが僕らの仕事でもあるのですが、保育士自身も実態を自覚してもらえたらと思います。

編集長: 私も保育士の仕事の難しさや大変さ、そして重要さや楽しさをもっと世間の方々に知ってほしいと思います。
汐見先生が考える理想の保育園とはどういうものでしょうか?

対談風景

汐見: 「誰もが納得する理想の保育園はない」と思っています。ただ、志や夢を持ち「こんな体験をしてもらいたい」という思いの詰まった園は、良い保育園かどうかの1つの分かれ道にはなると思います。

また、一人ひとりの違いを大切にしてくれる園かどうかも重要です。共同体験を行って、面白い経験をさせてくれることも大切ですし、同じようにできなくても子どもの個性を大切にすることや、必要なところは手伝いつつ、温かく育んでくれる。保育士が子どものやりたいことに応答しながらレベルアップしていき、十人十色の物語があるのをわきまえ行動することも大事です。

それから、本物に触れさせるというのも大切なことです。
子どもは、本物に触れて初めて感動します。スーパーで売っているラッピングされたニンジンよりも自分の手で世話をしたニンジンのほうが一生懸命に食べます。
本物に触れると生命機能を司っている一番深いところから「やろう!」というものが湧いてきます。子どもには、子どもだましのものをあげてはいけないということです。

編集長: 子どもだからこそ本物の体験が必要ということですね。
次に、最近増えてきた男性保育士さんの方々へ汐見先生からメッセージをお願いします。

汐見: 男性の方が得意なことや女性の方が得意なことは実際にあると思います。脳の構造も男性と女性で違いますし、両方の良いところが保育に活かされればと思っています。
一定の割合で男性がいた方が、子ども達にも良いですし自然です。私には、男性保育士の役割が世の中に認められるように頑張ろうという気持ちがあります。ダイナミックに体を使った活動や、女性の合理的なところに対して男性のちょっと適当な部分など(笑)
両方大切だと思っておりますので、ぜひ、男性保育士の方は保育士という仕事に誇りを持って頑張ってください!

保育は社会に向けて子どもを送り出す作業

編集長: 最後にこれから保育士を目指している方にメッセージをお願いします。

汐見: 職場環境は決して楽ではありませんし、大変だと思います。子どものことだけではなく、保護者の対応についても頭を悩ませることもあるでしょう。でも、本当に子ども達を深く受け止めて子ども達の願いにきちっと応答していけば子ども達も良い顔をしますし、保護者も良い顔になっていくはずです。そうすれば、保育士自身も笑顔の子ども達に囲まれて生活するこの仕事はいいなと思えるようになると思います。
保育は広い意味でやはり教育で、教育というのは社会に向けて子どもを送り出す作業です。なので、保育士自身がこの先の社会を読むことも大切です。
昔のやり方はその時代にはよかったけれど今の時代には合っていないかもしれません。だからこそ、今の時代に合った保育へと調整し続けることが大切です。無限の深みがある職業であり、自分自身が常に成長し続けられる仕事だということを知ってほしいです。
給与面で不遇な面などがあるので、そういうことも、もっと社会に認めさせていこうという気持ちがあれば、きっと理解されていくと思います。

編集長: 汐見先生、貴重なお話をありがとうございました。

汐見稔幸(しおみ・としゆき)

汐見稔幸

経歴

白梅学園大学学長・東京大学名誉教授。1947年 大阪府生れ。東京大学教育学部卒、同大学院博士課程修了。東京大学大学院教育学研究科教授を経て、2007年10月から白梅学園大学教授・学長。専門は教育学、教育人間学、育児学。
育児学や保育学を総合的な人間学と考えており、ここに少しでも学問の光を注ぎたいと願っている。また、教育学を出産、育児を含んだ人間形成の学として位置づけたいと思い、その体系化を与えられた課題と考えている。
3人の子どもの育児にかかわってきた体験から父親の育児参加を呼びかけている。